自分を超える
2024
すべてはメタへ
MFJ学校説明会
第一回
服は裸
政近式5つのメソッドで
本当の自分を生着る
時代はMETAにいく
すべての人がファッションの
本質を学べるスクール。
本質・基本があるからこそ
拡張・自由が手に入る。
ぶれない自分を創る。
装力を身に付けて
マインドフルに服を着る。
次は、あなたの番です。
パーソナルスタイリングの創始者
政近準子40年の集大成と更なる進化
すべてを俯瞰(メタ)
Power of Fashion(装力)
Gift Fashion
Mindful Fashion
Fashion Educator
ProPersonal Styling
(すべて政近のオリジナルフィロソフィーであり 商標を取得)
授業で装いの練習を繰り返したことや、深い学びを得たことで、学ぶ人のリアル生活の「いざ」にそのまま役立ち、悔いの無い最高の機会を生かせた、という声が多数聞かれます。その機会は時に、大切な人の死を見送る、という機会だったりもしますが、ある生徒さんは、学んでいたことで故人を「白装束ではなく、生前の素敵な姿」でお見送りできたといいます。MFJでの学びは表面的なものはひとつもなく、それぞれが自問自答と他者との上質なコミュニケーションを積み上げながら、あらゆる「いざ」を制していくようになるのです。そのためには何よりも「日常の在り方」が大切で、誤魔化さない人間の土台を創造していきます。日々の装いのTPPOSMは、あなたの生き方、行動範囲、今日会う人、その背景を想像でき、機嫌よく準備できる知的装力。
身についた人と、そうでない人との人生の豊かさに差があるのは当然のことでしょう。
医療とファッション?という、摩訶不思議なオファーを、大々的な医学学会の市民企画講演会からオファーを頂き、金沢で新しい風を吹かせてきました。研究者、教授をブラックジャック&大門未知子に10分で変身させるという大役を担った3人。なんと、この大規模な企画のご依頼を下さったのもMFJで学んだ北陸大学教授の油野教授。変身されたのも油野氏なのだが、MFJの力と現地には来れなかったもののサポート隊有志が結束。大成功となりました。衣装の用意やヘアメイクに奮闘した姿は、学びが土台にあったからこその凛々しい姿だった。
授業ではメンズファッションの基本にも触れますが、蝶ネクタイの正式名称はボゥタイ。出来合いのものしか知らないという人が95%といわれる日本。ボルタイは付けるものではなく結ぶもの。そのことを知るだけでも目から鱗!とボゥタイの魅力を体感されるシーンは圧巻です。美しい所作で、紳士3人のネックラインを華やかに仕上げることができた。座卓だけでなく、実践も重要視しています。
以下、思い当たるところがある人は、
話を聞いてみる価値があります。このチャンス
逃さないように
「似合う」の論理も、トレンドだって多少は知っている「はず」と思う人も目からうろこ。
服がまるでわからない、家庭でもファッションいついて学んだことがない。
服が浅いと感じてきたひとも、表面的なお洒落で根拠ない自信がありそうな人が苦手だったひとも、きっと「過去」になります。
服にこだわる、という考え方自体が嫌い。
きっともっと深く学べば考え方が変わるかも、という期待を持ちたい。
人生や仕事そのものを加速させたい。現在の仕事にプラスして
唯一無二の存在感を手に入れたい。
以下のような気持ちの方は、ぜひ参加してください
●自身の持ち味・人との違い・唯一無二な自分自身の表現について
ちゃんと自分を掘り下げていきたい
●未来のキャリアが描けない
●自身を再構築したい
●自分を好きになりたい
●自分軸で生きたい
●つい周りと自分を比べて落ち込むことが多い。人に嫌われたくて
いい人を演じてしまう
●服を通じて豊かに生きる、という本質を知りたい
●服はあなたそのもの、なぜそれを着るのかを納得したい
●自己探究したことをファッションでアウトプットしたい
●ビジネスシーンでの装いに自信が持ちたい
●装いはギフト、という意味を知りたい
●政近メソッドの全貌が知りたい
●忖度ではない、人の意見も聞きたい
●いざを制する人生に変えて耀きたい
●日常の底上げをして、自身の質感を上げたい
●互いを高めあえるコミュニティーがほしい
●影響力や存在感がほしい
●真に幸せになりたい どこか空虚である
●着るものが身体的・精神的に快適なものでありたい
●マインドレスな服の選び方をしてしまう、似合うの箱に拘るほどに個性を失っているように感じる
●マインドフル・マインドレスって何??服に関係あるの?を知りたい
●服のことを知らなさ過ぎる 服の基本が知りたい
●自分はそこそこ まぁまぁ 無難なことに気づいている
●センスは磨けるものだと信じたい
●知識と感性両輪ファッションを身に付けたい
●持続可能なファッション体現者になりたい
●パーソナルスタイリストの過去・今・未来を把握したい自分が、まず体現者となって、人様にも伝授していきたい
●スタイリスト的な仕事をしてみたい
●本物になりたい
●何者かにならなくてはいけないという呪縛から逃れたい
●人生100年時代 不安をなくしたい
●人生100年時代 長持ちする自分を創りたい
●生まれ変わりたい
MFJには、日本中、世界からも、多彩なメンバーが集まっている。
上記のような「こんな人」が、学び始めるとぐんぐん変化していきます。
2024年 学校説明会
2024年
6月8日(土)PM21時~1時間半程度
お顔を見ながら話ができる人数での開催になります
ので、早めにお申し込みよろしくお願いします。
定員になり次第締め切りとなります。
日程:2024年6月8日(土曜日)
21:00〜1時間半程度 延長可能性あり
ファッションミニ講座
学校説明会
場所:Zoom によるオンライン開催
*すでに学びを始めている在校生、
途中休憩している方の再受講も可能。
無料
下記ボタンより、お申込みください
*メールは、5分以内に自動応答されます。
返信がない場合は、
1、迷惑メールに入っている
2、フォーム入力後、確認画面のところで、送信がされていない
と考えられますので、上記チェックをお願いいたします。
3、その場合は、再度トライしてください
誰も教えてくれないファッションの本質
衣食住の衣の充実が人生のキー
ファッションで損をしない生き方伝授
答えは自分で編み出していく、
自覚と問い 箱から出る学校
広島県福山市出身。1965年生まれ。
体育の教員になる予定が、コムデギャルソン 川久保玲
ワイズ 山本耀司の出現によって急変。
黒の衝撃に心を奪われファッションの道に。
大手アパレル、東京スタイルを経てイタリアへ修業。
帰国後 ファッション専門学校の教員を経て
ファッションレスキュー創業。
政治家、 会社経営者,、起業家を主な顧客とし
累計顧客2万人を超える。
日本初、百貨店高島屋にてパーソナルスタイリングカウンターを持った。皇室や要人のファッション解説を担当するなど、メディア出演多数。
メディア実績
NHK あさイチ おはよう日本 助けてきわめびとをはじめ、Eテレではファッション教育番組の連載を担当した。最近では、大谷翔平選手の服装について解説し好評を得る。
ヒルナンデスをはじめとするビフォーアフターコーナーでの変身実績は100を越える。
ファッション紙はもとより、新聞、雑誌媒体での取材多数。地元広島県の中国新聞では2年間に渡りファッションコラムの連載を持った。
日本経済新聞、朝日新聞、読売新聞などでは、人物紹介・起業家として一面を飾る。
ファッション教育 研修 講演会 実績
ファッション教育には並々ならぬ思いがあり、25歳の初登壇以来、3000回を越える登壇を続けている。
時事通信社主催の内外情勢調査会をはじめ、トヨタ自動車・アクセンチュア株式会社・三井ホーム・JR東日本・NTT・プルデンシャル&ソニー生命保険株式会社など研修多数。明治大学・法政大学・一橋大学・ファッション専門学校等、若い世代に向けての服装教育にも力を入れる。
商標
プロパーソナルスタイリストⓇ
装力Ⓡ
ギフトファッションⓇ
マインドフルファッションⓇ
ファッションエデュケーターⓇ
これらを統合し、MFJ メタファッションジャパンにてファッションの基本、本質を伝授する教育活動に魂を注ぐ。
後進育成にとどまらず、ファッションから社会全体をよくする活動、ファッションから世界平和を実現していく哲学を日本から世界に向けて発信し続けている。
著書13冊。監修本3冊。ベストセラーとなったメンズ本においては海外でも翻訳をされた。
一男一女の母であり、子供たちはすでに独立。現在はパートナー&愛猫と共にロックな日々を送っている。
(海の画像は息子撮影)
オンライン&オンラインサロン
世界中どこにもない、ゼロから産んだ
プログラムの総まとめ
1、オンラインで全国・全世界から受講可能
2、期間中オンラインサロン開設
3、政近オリジナルファッションフィロソフィーの学び
4、スタイリングトライから深く学ぶ
(持っている服が基本。ほんとうに必要なもののみ
加えていきます。サステナブルはMFJの軸)
5、メタコースで5つの商標(メソッド)
強化プログラム
6、メタコースでは、政近の現場サポートや、
講演会など、リアルプロジェクトへの参加が可能。
登壇やスタイリングの経験ができるチャンスあり。
MFJ Director
Shin Nakagawa
〔シンセカイ★〕
Profile
1960年生まれ 東京都出身
明治大学法学部卒
大手アパレルに入社 マーチャンダイザー
外資系保険会社 ライフプランナー
ITコンサルタント
ファッションレスキューを政近とともに創業
2024メタファッションジャパンを創設
マインド探求歴50年
自然をこよなく愛す
日々瞑想
カメラマン
ミュージシャン
自由人
MFJ 総合プロデューサー
既存の枠、既成概念にとらわれないクリエイティブマインドを生成することまた、マインドの構造を解き明かし、真の実践人間を作り出すミッションとしている
今回のMETAプログラムにより、自分自身も「再生」「リボーン」をしたいと考えている。何度でも生まれ変わり、世の中に絶望している人を救っていきます。
Takuya Yamashita
■MFJという学校・フィールドについて
沖えり奈
”多様性の時代”と言われる現代において、どれだけの方が自分の価値に気付き、社会の中で表現できているのでしょうか。一方で、街中には似たような人・モノが溢れ、いつの間にか自身もその他大勢の一人、に埋まっているかもしれない…。
MFJスクールでは、ファッションの学びを通じて、どの様に生き/社会と関わっていきたいのか、表面的ではない物事の捉え方、自分自身の在り方や生き方について学んでいきます。
所謂「ファッションの学校」としてイメージするような、服の制作/コーディネートといった、ファッション業界で働くためのスキルやテクニック部分を中心に学ぶ学校ではありません。洋装の歴史・基本の知識を踏まえた上で、「なぜそのアイテムを選び、装うのか」「その装いで真の自分自身を表現できているのか」「どんな未来を歩みたいのか」と、沢山の問いかけ・自問自答を繰り返しながら、多様性の時代に生きるブレない一個人の確立を目指していきます。
そのため、スクールで学ぶ人達も、既にそれぞれの分野で活躍する会社員や自営業の方などが多いのが特徴。「どうしたらより良い自分になれるのか」「社会と関わっていけるのか」、そんな課題意識や好奇心を持つ方々が集まっています。
学院長の政近先生を一言で表すなら、”本物のプロフェッショナル”。「多様性を認め合う社会の実現」「後進の育成」に向けて、厳しくも愛情深く、本質について教えて下さいます。授業で出される数々の課題や、装い方に対する本音のフィードバックを通じて繰り返される、無意識に自身を押し込めていた”価値観=箱”からの解放。ファッションの向上が、ひいては人間力の向上に繋がっていくことが、MFJの醍醐味だと考えています。
「人の価値は人との違い」
「装うことは生きること」
人間の営みの原点である、”衣食住”から自身を見つめなおし、後悔のない人生を生きる。私が学び続ける理由です。
■衣識革命について
初めての海外出張で、「なんて日本人はいけていないんだ」とショックを受けたのがきっかけで始めたファッションの学び。入学前は、「ファッションは好きな方だし、自分に”似合う”ものは分かっている”つもり”でした。
しかし、入学初日の自身の装いにかけられた「無難」の一言。授業が進むにつれ、どんどん顕わになる自身の無知さ加減…。そこから面白くも深い、ファッションの学びの沼に足を踏み入れることに。
学びを続ける中での自分の変化は、
・「なんとなく気に入ったから」という気分だけで物を買わなくなったこと
・新しい自分でい続けるためにはどうするのか、経験値を増やすにはどうするか、とフットワークが軽くなった
ということです。
ファッションエデュケーター育成コースを終了後 MFJに入学。プロコースまで終了しながらも学びを継続中。左はエデュケーターコース(このときはコロナ前で最後のリアル学科だった)入学時のエリティンの様子。(MFJでは生徒さんをニックネームで呼びます)
真ん中は、授業の中で私のブラウスを引き継いで貰った際のもの。あまりに似合うのでこのままエリティンのものに。そして右。こちらも私のKENZOドレスを引き継いでもらったもの。これが着こなせるようになるとは!!!
笠原実三子
行動したら、人生が変わった。
結婚・妊娠・出産を経て変化した体型や衰えや老化、育児や仕事の忙しさから全く自分を顧みなくなり、どんどん汚くなっていく自分とそれを覆い隠す為に増えた服をどうすることも出来なくて途方に暮れていた時でした。
何を学ぶのか良く分からなかったけれど、とにかく説明会に参加してみようと行動したことで人生が変わりました。
「在り方」を教えてもらえた私は本当に幸せです
学校で学んでいるのは
「常に自分自身に問いかける」
自分は何者か?
今この一瞬をどう生きるのか?
何を選んでどう行動するか?
→「行動して習慣を変える」
とにかくやってみる。
踏み出してみる。
安心安全な場で。
【問うて、行動して、習慣を変える】という事でした。
ファッションから人生を変化させる本質を知っている本物の先生から本物の学びを伝授してもらえる最高の学校です。
不定期開催なので次回いつ募集があるかわかりません。
【人生を変えたい方へ】
もちろん見た目、ファッションも努力次第で変わります。努力すれば必ずあとからついてきます。
私の人生を変えたのは
自分自身が踏み出した
1歩からだと思っています
このスクールに飛び込んで
人生が変わりました。
本当に感謝しています
そしてこの学びはこれからもずっとスクールが終わっても続くことでしょう。
人生の選択は、服を着る選択は死ぬまで続くのですから。
スクールから離れても
一生学んでいきます。
そういう「在り方」を教えてもらえた私は本当に幸せです
◆「MFJという学校・フィールドについて」
①醍醐味
②外との違いや特徴
③学院長政近とは
④授業内容 ささった言葉や哲学 自分の関係
MFJはファッションだけでなく、生き方、在り方を学ぶ学校であると思っています。
MFJでは、クラスメイト同士の自己開示や客観視により、本物の変化を求める人にとって本当の自分の現在地点を探ることが出来、それによって実際にどう行動すれば良い方向に変化することが出来るのか自ら辿り着く事が出来る唯一無二の学校であります。それを続けて行くことで最終的に自分のスタイル・流儀が備わってくるのだと思っています。
お金を払って資格を出してもらうだけの他の学校とは一線を画し、自分がどう在って、どうなりたいのか、自分で答えを出し行動していく事を学ぶところだと思います。学んだ事をきちんと実践できれば必ず変われます。
学院長の政近先生は、宇宙的な規模でファッションについての知識を持っていらっしゃいます。
そして誰よりも愛情深く、誰一人見捨てることはせず、真剣に学ぶ者へ、ありえない量の学びを伝授してくださる先生です。
私はただ政近先生の話をずっと聞いていたくてMFJに入った人間ですが、言われた事を咀嚼し、腑に落として、それを行動に移した結果、見た目も行動も意識も在り方も生き方も変わりました。
「装いはギフト」
「服は自分の内面の一番外側」
「服はあなた」
「自分磨きより靴磨け」
「人との違いは人の価値」
「何をやり、何をやらないのか」
数々の名言はありますが、私に一番刺さったのは
「余計な事を考える暇が無いくらい相手を想え」
という言葉です。
鍼灸師として、この在り方がない人間には、おそらくついていく患者さんは少ないのではないかと思います。
私が鍼灸師として、経営者として、苦境に立たされている理由がこの言葉にあります。この言葉のとおりに余計な事を考えずに患者さんの事を想い準備をする事、実際に向き合って考え抜いて、最大限の施術ができれば、そこに感動が生まれるからです。
人は感情で動くもの。
はじめに気持ちがあって言葉になり行動に移す。
人の感情を動かす事が出来るのは、自分に費やしてくれた時間や労力、そして想像以上の結果があってこそです。
MFJに入らなければ、きっと触れることさえなかった数々の政近先生の教えは、私の道しるべとなり、人生の迷路に迷い込んだ私を救ってくれました。
ありがとうございました。
◆「衣識革命について」
①MFJに入学前、入学後、ファッションの意識はどう変わったか
②それによって自身のマインド・生き方にどう変化をもたらしたか
③自覚し問うの繰り返しから気がついたこと、またそれをどう表現しているか 習慣化したか
④学びを生かし、商標5つを自分の職業や生き方と結びつけ、新たなアプローチをしていく/未来的目標【これからそうしていく、そうなれたらいい、というイメージ】
私の衣識改革
私は、MFJ入学前は、いわゆる「いい人」の枠の中に居たいと思っていました。
過去に蓋をして、丸くなって生きていました。
クローゼットには自分が好きな服、大量生産されたなるべく安い服、で溢れかえっていました。新しく買っては押し込み、押し込まれた服を把握しきれずに、同じような服をまた買っては押し込み、押し込まれてどんどん古くなっていく服や自分が辛くて、本気で変わりたいと思っていました。
運良く政近先生に繋がり、MFP(マインドフルファッションプラクティショナー)0期に入学することが出来ました。
MFJに入学後、課題をこなしながら、自分で蓋をしていた過去を掘り起こし、自分の中にある全てに魅力に繋がる宝物を発見し、自分を認める事が出来るようになり、服によってマインドセット出来ることを体感、体現することが出来ました。
学校の中で政近先生やクラスメイトから忖度のない客観視を受ける事や、実際に家族に客観視して貰うことで常に今自分がどう見えるのか自覚し、それで良いのか問うことで、実際の衣食住を改善していくやり方を学んでいます。
「今日、何故、その服を着るのか?」は
「今日、何故、それを食べるのが?」と同じ位大切で、
「何故、ここに留まり、住んでいるのか?」という現実世界で生きていく中で、「選び抜く」重要性に気付かされます。
服を選び抜く事を疎かにしない。
服を大切に清潔に保つ事を疎かにしない。
食べ物を選び抜く事を疎かにしない。
自分の住む場所選び抜く事を疎かにしない。
住む場所を大切に清潔に保つ事を疎かにしない。
幸せは虹の彼方などにはなく、自分の現実世界にある事を知り、身の回りのもの、身近な家族、友人を大切にすることが豊かに、平和に、幸せに暮らす為の近道だと気付かされたのです。
何よりも「愛を持って」周りと調和すること。
服の勉強から、生き方、在り方を学びました。
見た目も、生き方も、在り方も変わりました。
私自身学びはまだまだ継続中ですが、私が変わった事実を以って、この学び、教えを周りに伝えていきたいと考えています。
マインドフルファッションに私が得意とする美容鍼灸を合わせて、正しく患者さんに政近先生の教えを伝えたい。
自分を認め、心満たされ、豊かに幸せになり、美しく元気な人を世の中に沢山送り出す事で、私のお役目を果たしていければと思っています。
野泉 美智子
近ごろ特に感じていることは、お店の人との会話が変わってきたことです。
先日も、ある男性ブランドの店長さんが、最近のカジュアル化の増加を憂い、どこにでも着ていける無難な服を求める人が増えてきていること、そんな話から、ドレスコードをあえて作って集まる場をもっと提供していきたいと思う、といったことを話してくれました。
それは、会話での私の質問や、まだまだ装いで足りない点は多くても、話が通じると思ってもらえたからだと思います。少しずつ、このような会話が増えてきていることに、MFJでの学びが自分のものになってきているようで嬉しく感じています。
ファッションを、ただ流行を追う、似合うを知る、といった表面的なことだけで捉えていたり、こだわることは贅沢だと捉えている方がいれば、それはとてももったいないことだと思います。
もっと早く知っておきたかった
日本人が洋服を着るようになってからの歴史は150年余り、洋服について、ファッションについて教わる機会がないままに大人になった人が大半だと思います。MFJで教わる知識は、私にとっては、これまで知らなかったことばかりで、もっと早く知っておきたかったと思っています。日本のみならず、世界に出た時にも恥ずかしくない知識を身に着けておきたい、ファッションを通して日本人として誇らしくありたい、と、学び始めて思うようになりました。
装いはギフト
そして、ファッションはただの自己満足ではないということを教わりました。自分が楽しむ、自分の気持ちをモチベートするために用いることも良いことですが、「装いはギフト」という言葉をつくられた代表の言葉の通りに、相手へのギフトになること。実際、日々の学びのなかでも、どのような思いで装い、どこがギフトになっているのか、ということを問われます。向き合っていくことは、これまでの生きざまや、自分の本質、独りよがりの多さなど、恥ずかしくなることが少なくありません。
でも、このようなことを考えることもなく、知ることもないまま死んでいくのは、とてももったいない、出会えて本当に良かったと心から感謝しています。学びは始まったばかりです。この学びを継続していきたいと思っています。
【入学前と後】
ファッションの学校と聞くと、流行を把握し、おしゃれに着こなせるようになる。
似合うを知る、診断やタイプを知る、といった学びを想像すると思います。
私は自分の身長の高さから、似合うものは限られていると思っていましたし、だからこそ、本当に似合うものを突き詰めたい、そしてそれを知って、それを着て、自信をつけたい、安心したいと思っていました。
MFJの学びの中で「なぜそれを着るのか?」その装いを選択したことを掘り下げることをします。周りからどう見えるのか、どう思われるのか、またどう見せたいのかということが心の動機にあったことに気づきました。ただ、それが全て悪いわけではないと思いますが、とても表面的に服、ファッションを捉えていたと思います。
・人生のシーンを買う
学びの中でとてもインパクトがあった言葉です。
ここに服、ファッションを取り入れて考えることができるようになったことはとても大きなことです。その中には、ギフトファッション、マインドフルファッション、装力、と学びの全てが組み込まれてくるのですが、このように日々ふぁっしょんを捉え、選択し過ごすことができるとどれだけ人生に彩りが加わり、豊かになっていくのかと想像が膨らみます。
身勝手な意味ではなく、人生を切り開く力がファッションにはあるということ、これは学ぶ前には想像もしていなかったことです。
・マインドフルファッション
服を選ぶにあたっては、ファッション好きの母の影響はとても大きく、子供の頃から母に似合うと言われると安心し、母に似合わないと言われると自分が着たいと思った服があっても
我慢していたことを思い出します。黒やネイビー、グレーとクローゼットの中に彩りはほとんどなく、でも、これを美徳としている価値観がありました。「無難」授業の中で何度も出てきた言葉で、「無難は災難」これも衝撃でした。無難な服を買っておけば他のものとも合わせやすい、長く着ることができて賢い買い物だと思っていたからです。
でも、実は、私は鮮やかな色、服が大好きだったのです。単に自分が着たい服を着るといった身勝手な意味と違って、素直に自分がワクワクする、自分らしくいることができる、この選択が広がってきたことで、周りの人、初めてあった人との会話が広がり、弾むことがとても増えました。
・ギフトファッション
その日会う人からいただいたものを取り入れる、といったようなことぐらいしか考えたことはありませんでした。今日会う人、場所、初めてお会いする方であっても、初めて出向く場所であっても、準備をし想像を膨らませる。特にプロジェクトに参加させていただくことで、体験を共有でき、アシスタントとしての立場としてこの機会はとても貴重でした。
また、最も驚いたのは対象が人だけではないということでした。
お花見に行く時、主役が桜だという考え。その場に来ている人の目障りにならないこと、溶け込むような装い。この考えを持ち、装う人が増えたら街並みまで変わる、このような視点の広さを持てることができたら、と思うとファッションの可能性の大きさは計り知れないと思います。これらを極めていくことで、素敵、センス、自分のスタイルが出来上がってくるのだと思います。だから、日々の積み重ねであってHow toや型を知るだけではただ似合うだけで終わってしまう。
「自分の箱」について。
自分の箱の中だけで生きることが自分勝手だということに気付いていなかった。それを正当化させている自分がいました。誰もが「じぶんの箱」を持っていてそれに気付いていない人がほとんどだと思います。
広い視点をもつこと。そこにとても大きな可能性があることを学びの中で気づかせてもらうことができました。学ぶほどに素敵になりたい思いが強くなりました。それは自分にとどまらず素敵な人が増えることは希望であって、服、ファッションを通して役に立ちたいです。
ただし、私のふぁっしょんを通しての目標は?どう在りたい?この点が未だ漠然としている現状があります。
醍醐味
・マインドが服を着る、心が服を着るという考えの土台には、基本を知ることがあり、その上で着こなしの幅を広げていくという教えであるが、この両輪をこれまでファッションを学んだことがなくとも学べる学校であるという点。
TTPOSMの観点で装うという教え。
・装いも訓練、鍛練があって磨かれる。トライ&エラーがあってこそ成長できる。また、自分の客観視ができるよう、参加者同志で自由に意見交わせる環境があること。
人へのフィードバックすることで結果自分のことが知れるという安心、安全、信頼の場が確保されていること。
槻館かおる
自分らしく装いたいと思ったのがきっかけでしたが、そもそも自分らしいとは?私はどんな人?向き合うと意外と自分では気づかなかった、スルーしていたことが多々。そんな、なぞなぞだらけの沼のような学び。
装いは全てに繋がっていて全ては装いに現れる。
かなり深い学びでちょいちょい溺れそうになりながら
続けています。いつもの日常、55歳にして見える世界も変わりました
一緒に沼にはまりませんか?
◆MFJ という学校、フィールドについて
ファッションの歴史や服の知識のみならず、在り方、生き方を見つめ直せる学校。一見ファッションとは関係なさそうですが「本当に似合う」、を知りたかった私には目から鱗ながらもどんどん引き込まれる学び。オンラインでの講義で教わるだけではなく、自らが考え、導き出すのでしっかりと腹落ちするカリキュラム。
それは一緒に学ぶ仲間からの問いかけやフィードバック、客観視などから気づく事も多々ありますが、愛情をもって根気強く導いて下さる政近校長の「ファッションの人」と言うより「真の教育者」といったその生き方や在り方とハンパないパワーに触れられるのもまた、この学校の魅力だと思います。
「装いはギフト」「人の価値は人との違い」このことばの意味、装いの影響力、知れば知るほど深く広がる本質の学びはファッションの楽しさだけではなく自身を成長させてくれる唯一無二の学校だと感じています。
◆衣識革命について
学校では服の歴史や背景、サスティナブル、状況やお会いする相手の事を考えて装う、ギフトファッションのなどなど、今までの私の視点からは気付かなかったことを沢山学ばせて頂きました。
学ぶ前は自分をより良く見せたいとか流行っているから、何となく買う、という意識でしたが学びから「なぜそれを着るのか」と自分に問うことを習慣にしていき表面的な事しか考えなかった装いから、状況やお会いする人の事など色んな視点から考えながら装うようになりました。
と同時に自分らしさについても何度も向き合い、時にはそれを軸として時にはアクセントとして装いに取り入れ表現していく中で長所だけではなく短所と感じている所も含めた自分を客観視でき、自身を認められるようになりました。
すると他者も認め受け入れられるようになり、親も含めた人間関係が良い方向に変わっていくと言う経験をしました。
学びはまだまだ浅いと感じていますが、今後は理容師としてマインドフルファッションや8テイストの学びからのアドバイスをヘアスタイルの提案と共に出来るようになりたいと思います。
山下 拓也
「自由」と「自立(律)」
誰も強制してないのに、
没頭してやってしまう学校。
社会に出て、仕事をして、本を読んで、と過ごすうち、
「生きていると必ず付いてくるわりに、学校の授業ではまったく教わらないこと」
がいくつもあると知る。
しかもそれらのウェイトがけっこうな比重を占める、と気付かされる。
お金、話し方・聴き方、時間の使い方、恋愛や結婚、生老病死。「ファッション」もその一つだ。
特に男性の場合、
子どもの頃から友達どうしでおしゃれをほめあいながら切磋琢磨する習慣がほとんどない。同性の親と連れ立ってショッピングに行く、あるいは服を貸し借りするという文化がない。ほめ合いながら内心では厳しくこまかく点数づけをする、という感覚もすくない。
大人になって、会社・サラリーマンというコミュニティに入ると、服装の話題になることはない。
誰も、「何々部長、その格好ではお客さまのところへ連れていけませんよ」とは指摘してくれない。
それなのに「次のアポイントをもらえるか」「非公開の会に誘ってもらえるか」の決定打になりえる。俗にいう「隠されたドア」を開けてもらえない。
学びはじめたら学びはじめたで、いくらでも先は長いと知る。
「知らないあいだは、気にならない。けれども、一度その視点を手に入れると、気になって仕方なくなる」もの。
それが「ファッション」であり。「MFJで教えていること」だと、今のところ考えている。
誰も教えてくれないのに重要な価値がある。だとしたら自分で学びの場を探して、飛び込むしかない、ということに気づかされた学校だ。
学校で何をやってるのか」を分解してみると、主に3つだと思っている。
①自分で点数をつけて、発表する練習をしている
人から「これいいよ」と、なにかのアート作品を紹介されたとき、判らないものを判ったふりで「いいね」と言わなきゃいけない気がする。自分の目で見て、良し悪しを言うだけのことなのに、その経験値があまりにも少ないのだ。
だから、迷う。ググって、世間の評価を確認する。意見を言いきらず、ブレーキペダルに、軽く足を置いてるあの感覚だ。
でも、あたりまえだけど、踏みこむべきは、アクセルだ。
学校ではそのことを教えている。
生徒が、自分で考えて、それを表明する。「学校という安全な場所でリスクを取る練習」をする。そこにとても大きな意義があると思う。
②多様性を受け入れる練習をしている
「違う分野にいるけど、姿勢は通じるものがある」人と意気投合するのは、実はすごく簡単なことだ。そうすることが「快適」だからだ。
違和感のあること、理解できないこと、反発を覚えること。そういうときに否定するのでなく、ひとまず存在を認めること。これがとても難しい。そうすることが「不快」だからだ。
学校では、「全員が仲良しになる必要はない」「けれど相手の存在には関心を持とう」と教わる。
「多様性の受容」は、トレーニングしないかぎり伸びない能力だからだ。
③勉強する習慣づくりをしている
誰もがみな、やれることをやれば変われる。
誰もがみな、圧倒的に勉強の量が足りない。
このメッセージは、初めて参加した説明会のときから繰り返し繰り返し聞かされている。
「エネルギーをいただきました」と口では言う。
「私、変わりたいんです」と質問では手を挙げる。
実行にうつす人、継続する人、まして量を追う人は、とても少数派だ。
逆もそうだ。「勉強が足りん。もっと勉強しいや」と熱く何度も語る先生も、そうそういるものではない。エネルギーも費やすし、面倒くさいからだ。
「じゃあ、なんで生まれてきたの? と問いたい」
「そのまんまでいいと思ってたら、この学校に入ってないよね」
ふだん所属している会社やコミュニティで、こんな会話はまず聞かれない。
だから、とても親切な学校だと思っている。
「価値の高い教室」の共通点というものがあって、MFJでの例をいくつか挙げてみる。
①強制されてないのに格闘している。
大の大人が、仕事でもないのに真剣に取り組んでいる。
自分の自由意志で参加してるのに、課題発表前に緊張する。ひいふう言いながら課題と格闘している。
「自分の行動を変える価値」を、直観的に理解してるからだろうけど、一見不思議な光景だ。
②教えるのは「知識」ではない。
その価値が、「知識や正解を教わること」ではない。極論すると、「できるようになること」ですらない。
「有能」になることのまえに、「有意識」になること。
「その時点の自分」を見せつけられること。見苦しい自分、不完全な自分に気づくこと。
その機会を提供している。
③受講していない時間にも学びがある。
授業が開催されない日も学び・上積みがある。考える題材がさまざま提示されるのに対して、調べる、疑問を持つ、自分の頭で考える。いろんな訓練をするからだ。
これらは、本業の仕事をするとき、または生きていくのに必要な能力そのものだ。
学びの進みが、自律的に動いていくのは大きな特徴だと思う。
④「他の生徒へのフィードバックも役に立つ」
学校ではFacebookグループを主に活用する。1コマの授業が終わると、その日のうちに、また翌日にかけて、感想・気づきの投稿で、コメント欄が大盛況でにぎわう。お世辞や儀礼で書いてるか、リアルに書いてるかは、読めばわかる。
ほかの受講生の感想、またそれらへの政近代表からのコメント返しが、非常に参考になる。
ライブの授業でも同じで、誰かの提出課題を事例に、解説やアドバイス、時には辛口の手厳しい指摘が飛ぶ。ものすごい気づきを得る。
「自分以外の受講生へのフィードバック内容を聞いても参考になる」は、良い学校、一級の講師 に共通することだ。
⑤多彩な参加者
受講生の、属性キャラクターがとても多岐にわたる。ほかの、ビジネス系セミナーと比べても、突出していると思う。
たとえば「プレゼンと交渉力」のセミナーに行ったら、もうすこし参加者の属性(特に職業)や動機、温度感が似通う。数学っぽくいうと、分散が小さい。
これはどちらが良い悪いの問題ではない。分散が小さければそのぶん、教えあいっこや交流も進みやすい。という大きなメリットがある。
MFJの場合、参加した動機・勉強の目的・バックグラウンドが多彩だ。数学っぽくいうと、分散が大きい。
自力でお金を手にもって東京駅前の広場で「多彩な人たち、私と仲良くしませんか!」と叫んでも、得られるものではない。へたをするとどこかへ通報されるリスクだってある。
授業そのもので得る知恵や知見とは別に、一つの価値を提供していると思う。
政近さんの、よそでは教えてもらえない内容、情報量の多さとリッチさ、特徴ある語り口と熱量。
似た学校、似た教材をほかに知らないし、おそらくどこにもないと思います。
ファッションのスクール、と聞くと、
「おしゃれに着こなす」「流行を敏感に取り入れる」
あるいはもしかすると
「高価な服を着せられる(買わされる)」
という印象を持つかもしれません。
入ってみるとわかるのが、
「サスティナブル」「知性と感性の両輪」「人との違いが人の価値」
「多様性を認める」「見える・認識するとはなにか」
などなど、前述の印象とはまったく別の世界観が広がっています。
それと、授業の内容そのもののリッチさ、深さ、とは別に、
「クオリティの加減をしない」(無料説明会だからと薄くない)
「安心、安全な場づくりに労力をかけている」
が、政近さんの、また学校の、大きな特長であり、リピーターを呼ぶ魅力だと思います。
講義の内容そのものと、場の持つエネルギー(心理的安全性、前向きさ)に引っ張られて、みんな真剣にのめりこむ。
誰も強制してないのに、没頭してやってしまう。仕事や日常生活のなかで、時間を捻出して、提出課題に取り組む。
と、ここまで書き出してみて、「でも全部はとうてい伝わらないだろうな」とも思います。
「価値の高い教室」の共通点で、それを知らない人にそれが何であるか一言で描写しきれない。その価値や良さをわかるように説明するのが難しいからです。
興味関心を持たれたら、ぜひ説明会に申し込んでみてください。
前述の、「無料説明会であっても薄められてない」「説明会なのに刺激、価値を得られる」を、体感いただければと思います。
MFJという学校の特徴として、2つの「自」があると思っています。
「自由」と「自立(律)」です。
「自由」毎回の授業に出席するかしないか。途中退出するか最後まで聴講するか。課題を提出するかしないか。いつ提出するか。
ほかの受講生の提出課題を見るか見ないか。人の投稿にコメントを書くか書かないか。
ときに手厳しい助言や指摘を言われて、受け止めるか受け流すか。落ち込むか、気にも留めないか。そもそもこの学校にどのぐらいのウェイトで、どのぐらいリソースを注ぐのか。すべて自由です。
一度も強制されたことはないし、誰からも怒られない。「自立(律)」それらの裏返しで、学校ではすべて自分の意思で取り組む。自分で自分の予定を空け、課題について調べ、準備をし、授業に臨む。
自分の作った課題を発表し、フィードバックを受ける。学校からの問いがすでに「人との違いが自分の価値」だから、「自分で自分をどういうふうに取り扱いたいのか」は、この学校のすべてについてまわるテーマだ
。自立できること。あるいは自律できること。"学校生活"を意味のあるものにするキーだ。これら二つの「自」を支えるのが、第三の「自」、すなわち「自在」だと思う。ファッションに詳しい人、そうでない人。
ビジネス他流試合の場に慣れている人、そうでない人。どんどん課題をこなす器用な人、不器用な人。
次々と新しい取り組みを試して目立つ人、地味だけどコツコツ継続する人。さまざまな受講生の状況にあわせて、厳しさ・優しさ、細かさ・粗さのボリューム調整が、自在なのだ。
「自在」が言い過ぎなら、少なくとも一人ひとりを観察して、態度・表現方法を変えている。
そして、実践している人、提出する人、続ける人、質問する人へのフィードバックは多い。機会は平等で、行動量に応じて出力が変わるから、それに応じた量・頻度になる。当たり前のことだ。
「取り組んでいる生徒とそうでない生徒で扱いが同じ」なんてことはあるはずがない。それでも授業で、全員に向かって、「いまの自分を変えたいから学校に入ったんでしょ」「練習しなかったら上達しないし、変化が起こるわけないよね」と口うるさいことを言ってくれるこの学校は、とてもとても親切な学校だ。
関心をお持ちだったら、説明会に申し込んでみてください。
説明会だけでもコンテンツとして十二分に成立する濃さで、きっと得られるものがあると思います。得るものがなかったら?
責任を取ったりはしません。行動を起こして、結果責任を受け入れるのは、いつだって自分自身なのですから。
1.「MFJという学校・フィールドについて」
①②醍醐味・外との違いや特徴
MFJの面白さ、または独自性と考えること。
◆他では見ない学び
・「ファッションの学校」と聞くと、「おしゃれな着こなし」「流行を敏感にキャッチ」等を教わる、と思うかもしれない。入ってみるとわかるのが、「サスティナブル」「知性と感性の両輪」「人との違いが人の価値」「多様性を認める」など、まったく別の世界観が広がっている。
・服に関する授業=衣服の歴史、その服を着る意味(どんな情報が無意識に発信されるか)、式典や国際政治の舞台や災害と装いの関係。服【以外】に関する授業=哲学の観点、人間の知覚はどう成り立っているのか、自己観察、客観視とは何か、など等、深いだけでなく、幅が広い。
あえて一言でいうと、「それまでの人生で持ったことのない視座、考えたことのない枠組みを投げかけられ、気付かされる学校」といえばいいだろうか。
◆プログラムが常に変化し、更新され続けること
・学校の建設途中の工程からオープンにする。MFP(プラクティショナー)0期と3期の授業を比較すると、内容そのもの、また双方向性やデジタルとアナログの混合率など、かなり違いがある。
・逆にいうと、各期では授業を受けると同時に、世の中へ発信する内容のプロトタイプ、実験をリアルタイムで見学させてもらっているような感覚がある。
①②醍醐味・外との違いや特徴(続き)
◆フィードバックで得られるものの大きさ
・受講していない時間にも学びがある。
授業が開催されない日も学び・上積みがある。考える題材がさまざま提示されるのに対して、調べる、疑問を持つ、自分の頭で考える。いろんな訓練をするから。これらは、各々が本業の仕事をするとき、または生きていくのに必要な能力そのものだったりする。
学びの進みが、自律的に動いていくのは大きな特徴だ。
自律的に動いていくということは、主体的に行動しなければ学びは少なくなる。「リスクを取って行動するほど得られるものが大きくなり、行動しなければ小さくなる学校」とも言える。
・「フィードバック」がとにかく多い。
学校ではFacebookグループを主に活用する。1コマの授業が終わると、その日のうちに、また翌日にかけて、感想・気づきの投稿で、コメント欄が大盛況でにぎわう。お世辞や儀礼で書いてるか、リアルに書いてるかは、読めばわかる。
ほかの受講生の感想、またそれらへの政近代表からのコメント返しが、非常に参考になる。ライブの授業でも同じで、誰かの提出課題を事例に、解説やアドバイス、時には辛口の手厳しい指摘が飛ぶ。ものすごい気づきを得る。
先生→ほかの生徒への助言、生徒←→生徒間での視点や思考の結果の交換。「フィードバックがあること」は、成長するための最大のキーで、MFJではその量・質がとにかく多い。
③学院長政近とは
あえて一言でいうと「ファッションの人 の前に、教育の人」。
◆ブレーキのついていない人
クオリティの加減をしない。「体験版だから」「説明会だから」の出し惜しみがない。レベル感は細かく調節しても濃さ熱さが変わらない。ブレーキを踏まない人。
毎授業、毎講演、プレゼン内容を組み立て直している。メニュー表のないレストラン。または毎回 創作料理を考案するレストラン。
◆フィードバックの人
受講生に対してコメントを返す、授業の題材として取り上げる。一見、口が悪いように見えて、繊細に、ひとり一人の光や影、強さ弱さを見きわめながら、指摘し、本人も気づいていない良い点(持ち味)をほめる。人格否定されないから言われた側も受け入れる。素手で触れてほしくない部分、土足で踏み込まれたくないところを、いきなり刺したりしないからだ。
装うことの経験値、余人の追随できない知見、切れ味ある語り口調はもちろん魅力だけど、この受容性とフィードバックが、リピーターのつく源泉なのだろうと想像している。
◆一流は二つ以上の能力で秀でる
ファッションについての深い造詣、装いやアイテムの持つ意味(言外に発信する情報)、歴史的背景、自らも装いを試行錯誤し続ける、知識や視点をアップデートし続けること。
プレゼン:授業や講演での話す力(誰にも似てなく、尖り、かつ聴きやすい)、タイムマネジメント力(授業は大幅延長、講演会はぴったり終える)。
文章:Facebookやnoteでの発信、またそのコメント返し含めて、ボリュームある濃い文章を紡ぎ出せる。独特の、惹き込まれる文体。
コーチング:他者のプレゼンへのアドバイス。文章(原稿)の添削、推敲。課題への取り組み姿勢・思考への指摘や苦言。
政近さんに限らず、「一流の人は二つ以上の能力(複数の軸)で秀でる」、共通の法則がある。
◆エネルギー量の多い人
仕事(おそらく想像以上の多忙な)、授業の準備、SNSでの情報発信、家族での行事や家事(料理)、、、に割く時間と労力。
授業やプロジェクトのミーティングで、受講生たちに思いが伝わらないと、怒るというよりは悔しさで/哀しさで泣く。
持てる/投入するエネルギーの量が多い。自動車に例えると、ある意味で燃費が悪い。ブレーキを踏まない、高速で走る、燃費の悪い、レーシングマシン。
③学院長政近とは・続き
◆来るもの拒まず 去るもの追わず 時間のレンジが長い
授業に出席するかしないか。途中退出するか最後まで聴講するか。課題を提出するかしないか。ほかの受講生の提出課題にコメントを書くか書かないか。ときに手厳しい助言や指摘を言われて、受け止めるか受け流すか。落ち込むか、気にも留めないか。
すべて自由で、強制されることはなく、誰からも怒られない。
裏返しで、自分で決めること、自分を律することが前提になっている。
どんな学びの場も、途中で「合わない」と辞める人がいて当たり前だけど、去る人を無理に追わない。また戻ってくれば歓迎する。教え子たちに対する、見守る時間の射程が長い。
といってもちろん、1日24時間であることに変わりなく、悪い意味での平等ではなく、反応する人動く人により多くフィードバックする。
◆口が悪い
口が悪い。「人の悪口を言う」ではなく、東京弁と大阪弁と広島弁(福山弁)の入り混じった、フランクな語り口。時にネタにしたりツッコみを入れる。自分もオトす。
たとえばテレビタレントや、いわゆるカリスマ何々コンサルタントで、「大阪弁で通す」「辛口コメント」を売り(差異化ポイント)にしている人は見かける。
それらとも違ってて、おそらくは自由に、フラットに話しているのだと思われる。この点はほかの、好きでリピートしているどの先生(学びの師たち)とも異なる特徴だ。
ただし、経営層向け講演会や、インタビュー取材録画では、スイッチを切り替えてビジネスモードで話すこともしている。
ファッションを「表現する技術」だとするなら、「装いだけでなく話し方も自在」ということかもしれない。
◆抜きん出ている能力=「得意」と「苦手」が両極端
上記で挙げた、ファッションの造詣・話す力・文章・他者への助言・フィードバックする能力・高エネルギー高パフォーマンス、、、等の、「人が真似できない能力」の一方で、「普通の人が当たり前にできること」ができない。
SNSでもご本人が触れているが、「極度の方向音痴」「外出先から自宅になかなかたどり着けないことがある」のだそうだ。
授業の開催やブログ記事投稿が不定期になりがちなのも、一つにはお仕事が溢れている=オファー、リピーターからの依頼が行列を成しているから。もう一つは、目の前のミッションに全力投球してしまう、いわゆる過集中するからではないかと想像している。
※「"普通"ができない。本音を言ってしまう。何かに集中するとほかの事は全部忘れ、興味がないものはオールスルーだった」というエピソードがnoteに登場する。「ある日すべてが嫌になり、スカートを自分で切ってミニに、髪を自分で刈り上げ、真っ赤な口紅をつけて高校に行った」とも。
「ブレーキを踏まない」現象も、サービス精神とかプロフェッショナル意識もあるだろうけど、本質的には、加減できない(損得計算ができない)からだろうかと思いついた。
天才型、というのか天然型の人たちの、共通の弱点というのか性質だと考える。それが光陰で際立たせて、魅力になっているとも思える。
Yoko Yamamoto
重い。でもその重さは鎧のような重さではなく、何と清々しく心が満たされることか…。
服は鎧のように自分を守り、強く見せるものだと思っていたのかもしれない。けれどそれでは、どれだけ「いい服」を着てカッコつけても「安心」はできない。そんなことを感じていた時に、導かれるようにMFJという学校に出会えた。
「装いはギフト」…相手のことやその場のことを想い装うことを教えてもらっている。ではその服を着た時の顔付きは?身体は?そして心は?そうして結局は「服のこと」だけではなくなり、自分の生き様そのものを問われていくことになる。重い。でもその重さは鎧のような重さではなく、何と清々しく心が満たされることか…。服は一生着る。生涯の最期を自分はどんな装いで迎えたいのか…それがその人の生き様。満たされ、楽しい人生になりますように。まだまだ学びは終わらない。
MFJという学校、フィールドについて
①醍醐味
・ファッションの学校のようで、実際は表面的なファッションを学ぶのではなく、生き方そのもの、自身の人生とは?本当の幸せとは?を見つけていく学校である。
・社会や時代の中での服の持つ意味やメッセージ、歴史との関わりについて知る機会を得られる。
②外との違いや特徴
・セルフプロデュースの学校と捉えている。自らを知ること…好き嫌い、得手不得手、過去現在を洗い出し向き合い、足りない部分を伸ばして未来を創造していく学校。
・与えられるものを「待つ」のではなく、自らが考え、行動していくことが基本である。各自取り組み方はそれぞれ違う。
③学院長政近さんとは
・光である。歩むべき道を照らしてくださる人であり、包み込み、温かさを与えてくださる人。
・学びのプロである。自ら学び続け、前進し続けている。歩みを止めないので、考えや話題、課題が古くならない。
・使命感が強く、慈悲深い人である。
④授業の内容 刺さった言葉や哲学 自分との関係
・目の前の人は自分。人を知ることは自分を知ること。相手に興味を持つこと。
・今日の1mm。日々前進すること。現状維持では停滞、衰退である。積み重ねを怠らないこと。
・パスザバトン。ものを大切にすること。引き継ぎ、受け継ぎ繋いでいく。
・客観視。自分自分にならないこと。
・応援される人になる。ファンが出現するようになるには?真摯に誠実に生きる。
・常に問いかける。ものごとを深く考えることを習慣とする。
・平和だからこそ。服は毎日着る。毎日考えられる世界を。
嫌なことや面倒なことから逃げ、目を背けていれば変わることはできない。自分の中の「変わりたい」という心を信じて取り組みこと。
衣識革命について
①MFJに入学前、入学後、ファッションの意識はどう変わったか?
②それによって自身のマインド、生き方にどう変化をもたらしたか?
③自覚し問うの繰り返しから気づいたこと、またそれをどう表現しているか、習慣化したか?
服は自分を良く見せる、自分を強く見せる、自分を守るための鎧のようなものだと感じていた。そのため時として重くて苦しいものでもあったように思います。
入学後数々の問いかけの中で自己分析をし、強さ弱さを知り認めていくことで、大事なのは人そのもの、その人自身が輝きを放てれば何を着ていても輝くということを真に感じるようになりました。今では服は本当の自分らしさを表す、自分を解放してくれるものと捉えています。
ファッションとは服や流行を意味するのではなく、人生そのものであり、幸せになるためのものだと思います。
「服は毎日着る」
どこへ行き、誰と会うのかを考え、場合によっては調べることをして服を選ぶようになり、その結果相手の方や場所とリンクすることが増えたり、喜ばれること、褒められることが増えています。相手を想い合わせようとすることは、共鳴であり、自分自身の喜びとなることを知りました。
しかしTPPOSM、まだ広大な未知なる世界が目の前にあるので学び続ける必要があります。
④未来的目標
・編み物に携わる職業の中で、具体的には糸選びや作品選び、出来上がった作品をどう着るのかを8テイストを交えてアドバイスできるようになり、人々の編み物に対する意識が「手芸」としてだけでなく、「ファッション」として捉えてもらえるようにしていきたいです。
・服自体に性別があるわけではないと思っています。アーティストとして、多様性と言われる社会に対応する作品を作っていきたいと思います。
千代田真由子
MFJは自分の枠を飛び出せる場です。脳みそや感性を揺さぶる学校で、刺激しかない場、私は今後の生き方も考えさせられました。
私は今までにもファッションの勉強を少ししてきました。その中では技術の勉強(格好良く見える、スタイルよく見える、色の合わせ方)などです。
MFJではまず「あなた」を問われます。
なぜその服を着たのか?その服はあなたとどう関わりがあるのか?その場に合っているか?
「装う」と言う事はどういうことか歴史や様々な事柄から考えさせられ、今まで生きてきた中で疑問に思わなかった事を問われます。
MFJは自分の枠を飛び出せる場です。脳みそや感性を揺さぶる学校で、刺激しかない場、私は今後の生き方も考えさせられました。
学校に入学できて、仲間と学べて、常に新しい刺激があるエキサイティングな学校です。
MFJとめだかの学校
皆さんご存じの童謡「めだかの学校」
1,
めだかの学校は 川のなか
そっとのぞいて見てごらん
そっとのぞいて見てごらん
みんなでおゆうぎしているよ
2,
めだかの学校のめだかたち
だれが生徒か先生か
だれが生徒か先生か
みんなで元気に遊んでる
3,
めだかの学校はうれしそう
水にながれてつーいつい
水にながれてつーいつい
みんながそろってつーいつい
めだかは川の中で生きています。
私たちは空気の中で生きています。
めだかは本当は学校に行かなくても泳げます。
こんな論文もあります。
Why Fish Don't Need to Be "Schooled" in Swimming
The answer lies in the fish genome, suggesting that complex social behavior in other animals, including humans, is also genetically ingrained
By Jennifer Sargent, LiveScience on September 18, 2013
余談ですが、ではなぜ「めだかの学校」なのか
英訳はSchool of Medaka あるいはMedaka Fish's Schoolでしょうか。
なんと魚の群れは、英語でschool というそうだ。
本題に戻ると
私たちは空気の中で生きているけど
生まれるとすぐ「おくるみ」のお世話になる。
衣食住のはじまりですね。
それから私たちは色々なことを学ばないと
空気だけでは生きていけません。
この学びに終点があるのかどうか?
これはその人によって違います。
なぜなら 学びは“やりたいけどできない”が原点だからだと思います。
そして学びの師は、やはり人です。
おくるみは赤ちゃんにとっては生命維持管理装置
周りの人々は、そこから
命の愛おしさ、感謝、決意・・・など
おおくのマインドを感じます。
赤ちゃんではない今の自分
周りの人々に何か感じてもらえる存在でしょうか。
そんなことを考える場でしょうか。
MFJ
Hiromi Romy Kaneko
決して強制的に「やらされる」のではない、大人のスクールです。
ファッションのプロとして働いている皆さんにも大変お勧めのスクールです。
MFJは、ただ「すてきー」と言い合うような表面的な装いだけを学ぶところではありません。
私はファッション業界でその道のプロとして数十年過ごしてきました。
並行してイメコンやカラー等の資格を色々と取得してきましたが、MFJが一番魂に響いて沼にハマったスクールであることは間違いないです。
それは装いとマインドの関係を説いている(&問いている)からでしょう。
とにかく授業が奥深く、様々な問いかけのシャワーを浴びまくります。
そこにどう響いて行動するかはその人次第。
決して強制的に「やらされる」のではない、大人のスクールです。
もちろん沢山行動をした生徒さん達は輝きを増してゆきます。
入学時とは別人の表情になった方達も数多く見てきました。
服を作ったりトレンドを作ったりするファッション業界では学べなかった真の学びがここにはあります。
Junko Miura ドイツ在住
授業は、濃くて深く広い熱い、そして温かい愛があるもの。
説明会で授業の概要の「装いはギフト、(表面だけではない)ファッションとマインドとボディの学校」と聞いて、「まさに、こんな学校を探していた!」と思いました。
そして、その内容は、濃くて深く広い熱い、そして温かい愛があるもので想像以上の授業の連続です。
クラスメートの装い・言動・成長に刺激を受けて、安心安全の場である授業でトライ&エラーを繰り返し、問いながらお互いが成長していきます。
「自分を客観視し、他人に興味を持つことで自分と他人との違いを知って自分の可能性を広げる」こんな深い学びの学校に出会ったことに感謝しています。
【醍醐味】
すべてが予想外。
「ファッションという美しい沼」とにかく表面だけではない、広く深く濃くて美しい沼に思い切り浸る事ができる。細胞にしみこむ授業。
「学びとは」学びの本質・核心に触れ、学ぶ尊さと学び本来の楽しさを知り(実感し)、「探求心」と「探究心」を培う。「自分に問いかけ、考える、試す、自覚する。」この繰り返し。そして、クラスメートとのディスカッション、トライ&エラーをしながらの切磋琢磨。1ミリの成長。
【ちがい、特徴】
ファッションをこんなに広く深く掘り下げて学べる学校は、このMFJだけ。表面だけではない、自分だけでもない、ギフト・ファッションという考え方。マインド、在り方を問う。こんなにマインドフルな装いを教えてくれる学校が他にあるだろうか?プレゼンテーション、マインド、ボディについて、命や平和、在り方を問う、想定外の無限の学び。
マニュアルはない(膨大なPPはあるけれど)。進化し続ける授業。
失敗をしても、学び続ければチャンスがある。
【政近学院長とは】
プロフェッショナル。パッション。全身全霊、全力投球。ロックでアバンギャルド。熱く、深く、鋭く・温かい眼差しを持つ人。1日24時間なのかと思う行動量。
時には鋭く厳しい指摘もあるけれど、それを率直に伝えてくださるのは、そこに愛があるから。
ドイツから学ぶ海外組。初の学校説明会のとき、一番迷いが無かった人。
先のことがどうとかではなく、学びがあるなら最後まで全部勉強します!と言い切った人。
そして学び続ける沼を楽しむマインドがすばらしい。
森 さくら
「ファッション&装いを知ろうともがくことで、自分の表現の仕方を身に着ける」
今日、何を着るのか?という問いに対して、【どうしたら自分で選びきることができるようになるか】を、政近代表や一緒に学ぶ仲間とのオンライン上でのやり取りを通じて、自分と向き合い続けます。
1年半が経ち、「今日は、この想いでこの服を装っています」と表現をすることの価値を痛感する毎日です。その軸には、政近代表が伝えてくれる「装いはギフト」や「マインドフルファッション」など、周りにも、そして自分にも優しさに溢れる想いがあります。
自分のためだけではなく、その日会う人や場のことを思って装う「ギフトファッション」、自分のすべてを表現することが怖くなくなる「マインドフルファッション」、その二つの優しい表現の仕方を学んだら、装うことが楽しくなりました!
さあ、明日は何を着ようかな!?
衣識革命について
ファッションというと「非日常」であるような気がしていたけれど、よく考えてみれば服を着ない日はない! そんな「あたりまえ」のことを自覚するところから始まった私の「衣識革命」。
MFJ入学前は、自分に似合う装い、何を着たらかっこよく見えるかなど、主体は自分だった。だから、年を重ね、環境が変わるたびに、どう変化させていったらよいのかという答えがさっぱりわからず、流行りの色や形を知ることくらいしかできなかった。
MFJに入り、一番心に刺さったのは「ギフトファッション」という言葉だった。
その日あう人を想い、シチュエーションを想像し、出来る限りの準備をしていくこと。
毎日着る服に、そんな可能性があるのだということがわかった時は、本当にうれしかった!
何を着たらいいか悩む必要はない! 今日会う人、そのシチュエーションを想像したら、どんな装いで行くのがよいのか、答えはするすると出てくるようになった。
花の季節には花に寄り添い、お会いする方の好きなものに寄り添った装いをしていくことで、自然と装いについての会話も広がり、周りの方との信頼関係を深めてくれたと感じている。
そしてもう一つは「8テイスト」。表面的にとらえると、何が似合うかを見つけるものであるけれど、政近代表の「8テイスト」はそれだけではない! 人それぞれに「似合う」テイストはあるけれど、そこから服の力を借りて、だれもがどんなテイストにもチャレンジできるという可能性を広げてくれるものだった。
それは、服1枚ずつの可能性を広げることにもつながった! すでに持っている服たちを、どんなシチュエーションにも組み合わせる可能性があるかもしれないと考えられるようになったからだ。なので、流されるように服を買うことが全くなくなった。今ある服をどれだけ有効に楽しめるかを考えることが楽しくなったのだ!
Kaori Motohashi
【人生観が変わる学校です】
子供のころから服が大好き。自分なりに工夫をして装っているのに、なぜかあか抜けない。スタイルのある人と自分の違いはなんだろうと、悶々としていたところに、説明会のお知らせが。それがMFJとの出会いでした。
入ってみたら、表層的なファッションの話ではなく、ファッションとマインドがいかに深くつながっているか、生徒さんたちのリアルな実例、人生の本質をつく話のオンパレードに、ものすごく衝撃を受けたことは、いまでも鮮明に覚えています。
スタイルがある人というのは、とにかく自分のことをよく知っています。自分のルーツ、何が好きで何が嫌い、たった一度きりの人生で自分は何をしたいのか。そして、それらの価値観や生き方が、ファッションとリンクして表現されているのです。
ファッション大好き人間として、自分なりに追及してきたつもりでしたが、すべて中途半端でした。でも、時間はどんどん過ぎていきます。過去の失敗はエジソンの実験だと思い、学びに変えました。今では自分と向き合い、毎日コツコツと練習しています。
たとえばこんなことを自分に問います。
自分のサイズに合った服を着ている?
TPOには合っている?
ただ自分が着たいからという理由ではなく、今日会う相手への配慮をした装いになっている?
また、スタイルのある人は、これでいい ではなく これがいい で服を選んでいます。
時間をかけて これがいい を探し続けて選びきる。だから、服に愛着がわき、お手入れをしながら長く大切に着られるのです。
自分に合う服を選びきり、TPOを踏まえ、今日会う相手へのギフトにする!
そんな自分になるための道のりは、はっきり言って長い。まだまだ道半ばです。
ですが、追及するのはとても楽しい。だって、自分スタイルを作るため、私らしい人生を生きるために必要なことだと、今は知っているから。あか抜けないのはなぜ?の悶々期から、がらっと人生が変わったのは言うまでもありません。
MFJは、こんな方にお勧めします。
ファッション迷子さん。
自分のことがわからない。
似合うがわからない。
服がマンネリ化している。
お店では素敵に見えた服が、普段着るとなにか違う。
自分スタイルを構築したい。
ピンときた方、まずは説明会へお越しください!
「MFJという学校・フィールドについて」
MFJは、装いを通して自分と向き合い、それを服で表現すること、社会的立場を考慮し、相手や場にふさわしい服について学べる唯一無二の学校です。
スタイルのある人は、自分がどんな人間で何をしたいのかを知っています。基礎コースでは自分と深く向き合い、対話しながら現在地の確認、自分の本質や素を探していきます。また、他の生徒の服を見て、感じたことをフィードバックをしていきます。クラスメートの装いの客観視の手伝いをすることで、自分が何を気にしているのか、自身が透けてみえてきます。学校は、外では表現できないことも練習しやすく、挑戦できる安心、安全の場でもあります。
政近学院長は、軸があれば服は最後に着せるだけ。逆に言うと、軸がわからないのに服は選べない、と言います。自己を探求しながら、自分を含めた周りの人、世界をエンパワーする服えらびができるようになる。服を通して自分を知り、自分をアップデートしていく、そんな学校です。
政近学院長は、服に対する純度がおそらく地球で一番高い方。相手が社長であろうが子供であっても「服はどうですか」と切り込み、服が人生に与える影響や社会的評価について淡々と語ります。その本質的で説得力のある説明に、あっという間に相手をとりこにしてしまう魔法使いのような方です。私は服を本質的に学ぶのならこの方しかいないと思い、学びを秒で決意しました。
「人の価値は人との違い」
私は小心者で、無難な服を着て、無難な発言ばかりしていました。
無料説明会で政近学院長が言った言葉は「箱からでましょう」人はいつのまにか自分を小さな箱に閉じ込めています。まずはそこから出て違うことをしてみて。いつもと違う服を着て、違う行動をし、誰かの役に立ってみて。
心配性の私はこの言葉に背中を押されて、無難な自分の殻から少しずつ脱皮した。「かおりんは発言が不思議系」と言われると、あほなことを言ってしまったと思う癖があり、口を閉ざすことが多かった。でも、それが自分の箱に閉じこもり、行動範囲を狭めてつまらない人生になっていることに気づき、服を変えて勇気を出して表現するようになった。外では言えないことも、MFJでは言える。練習の場でもある。
◆「衣識革命について」
子供の頃からおしゃれ好き。好きな服を着て仕事を頑張る!と思って生きてきました。服好きが高じてインスタグラマーになり、化粧品や服のPRをした時期もありましたが、あか抜けない自分の投稿と他人を比べては、自信をなくしていました。
MFJに入り、装いは「自己表現」であり「アイデンティティー」、行く場所や会う相手が何を着てくるのかを想像しながら装うことで、相手への思いやりを表現できる「装いはギフト」という概念を学びました。雷が落ちてきたような衝撃をうけ、自分のおしゃれは自己満足でしかなかったと、心底恥ずかしくなりました。一念発起しMFJに入学。ところが、待ち受けていたのは想像以上に難しい課題と「できない自分」と向き合う日々。たとえば「This is me!」 がテーマで装う課題が出たとき、会社員の私は普段通勤で着ている服を選んだのですが、「何も感じない。あなたはどこにいる?」と言われて。今思えば、それは会社で浮かないキレイ目な服、という理由で着ていただけで、自分のルーツや内面とリンクするような要素はひとつもありませんでした。でも落ち込んでいる暇はない。まずは毎日の装いは「今日会う相手を思い浮かべて選ぶ」を意識。すると、相手のことを考える習慣がついてきて、装いだけでなく、友人やお客様など係わる人たちを思いやる、という内面の変化が起きました。考えてみれば、今の自分と係わってくださる方々はご縁のある大切な人たち。でも、忙しさにかまけて相手について考える「ゆとり」がなかった。服について考える時間を持つことで、相手の装いだけでなく、背景や気持ちにも想いをはせる時間が生まれたのです。服が変わると心が変わり、それが行動変容につながる、を体感した瞬間でした。表面的だった服との付き合い方が、相手のことを考えながら選ぶようになったことで、いつの間にか周りの方とのコミュニケーションが変わり、次第に自分の嫌な部分も受け入れられるようになりました。「衣識革命」は、装いだけでなく、考え方や行動、生き方にまで影響がでる、「人生革命」です。自己満足の装いから、少し前進できた私ですが、まだまだ学びは続きます。今後は、上級コースに進み「8テイスト診断」について学び、似合うテイストについて診断、スタイリングの提案をできるようになります。それと同時に、服を通して経験したマインドの変化についても伝え、自分らしく生きる女性を、服を通してサポートしていきたい。20年以上の金融系会社員、二児の母である経験を生かしていきたい。
政近の医療関係の雑誌の撮影日にアシスタントで入ったかおりん。
アトピー性皮膚炎で苦しむ子供たちに向けてのスタイリングを担当。
アシスタントスタイルもこなれてきたかな
Junko yamazaki
あなたが、どういう人生を歩む人か。誰の責任でもなく、自分自身の問題。
この学校に入ったおかげで私の内面にはびこっていた物が次々と浮き彫りになりました。それが代わり映えしない装いになっていたのではと思います。
これからは本当のオリジナルが出せるよう挑戦します!内面にはびこっていた物・・・私の場合は家族との葛藤、私自身の癖などです。この学校はそういうことをさらけ出しても大丈夫、いえこの学校だからこそさらけ出せるんです。誰もそれを否定しないし、笑いもしません。ちゃんと受け止めてくれて、じゃ次にどうする?と前を向かせてくれるからです。
あなたもこの学校で一歩足を踏み出しませんか?」
吉村 直美
あなたは今日、なぜその服を選んだのでしょうか?
自分のマインドが、その装いに表れています。
この学校は、ただおしゃれに見えるということを学ぶ学校ではありません。
私は2022年、桜の咲く頃に入学しました。
どうありたいのか?だからどう装うのか?
半年も学んだのに、私はまだ、頭の中が「自分自分となっている、相手へのギフトを考えていない」「聞いたことがある、知っているの状態」とつい数日前、痛感することがありました。ガツンと来ました。なぜそうなのか?それは、何かを言い訳にして、日常の行動の積み上げをしていないから。だから、入学した最初の目標「無難からの脱出」が、まだできていません。足りない自分と向き合い中です。
それでも、諦めずやろうとするならば、応援をしてくれる、失敗もさせてくれる、そんな厳しくもあたたかな学校です。
マスターからの問い、仲間からの問いから、たくさんのヒントがあります。自分への問いも深まり膨らみます。何かに気付けたならば、次は行動です。一人では行動を続けられなくても、仲間がいれば進められるということもあります。
どうありたいのか?だからどう装うのか?一緒に学んでみませんか?
180°認識が変わりました。
【「女性らしい服装」「大人らしい服装」「ドレスコード」など、以前の私にとって服装とは「らしさ」や「ルール」に縛られる、とても苦手で気が重くなる分野でした。怖いのは知らないから!と飛び込んでみて180°認識が変わりました。
単なるオシャレ…ではなく、衣食住の「衣」、365日ほとんどずっと自分の目にも人の目にも入る影響力をもった自分の一番外側。
縛られるものではなく、むしろ自由になっていくための「教養」であり「ツール」である"装い"を、これからも学び続けていきたいと思います!】
鯖江「固」のオフィスに講演オファーで招致くださった直美ちゃん。
MFJの学びから、本人の仕事との融合が叶った瞬間です。
素直で純度高きマインドと行動力を持つ人。
前田鎌利氏率いるプレゼンテーション協会に所属しながらMFJで学び、鯖江の「固」にて館長を務める直美ちゃん。
直美ちゃんの考案で
「ほんとうに似合う、ということ」という講演会が
開催され、私が登壇、鎌利氏との対談、終了後は、参加者の皆さんにスカーフを巻いて差し上げる会にて、直美ちゃんも奮闘しました^^
こんな日が来るとは~。その後、金沢講演会での舞台裏も支えてくれて、一気に存在感を増した直美ちゃんです。(政近 評)
あとりえ ゆりこ
『身包み剥がされた私』
心に不安がある時、自分を守ろうと心を隠す。それは『装い』も同じ。プラスしながら迷い、『自分らしさ』をなくす。自分自身では気づいていない。
それを学びの中で、さり気なく気づかせてくれる。毎回、ヒントを与えられるけれど、気づけるか?どうか?は、自分自身の受け取り方。
本当のシンプルな『装い』とは?『ギフト』とは?学びの中で進化できる自分自身。毎回悩むけれど、
その先には、ワクワクと楽しみしかない。
◆「MFJという学校・フィールドについて」
①醍醐味
ファッションを学ぶために参加したはずなのに、いつのまにか、自分自身を客観視し、己を知る楽しみを味わうことができます。また、ファッションの歴史、デザイナーの想いを学ぶ事で、衣服を大切に扱い、散財する事がなくなります。
②外との違いや特徴
自分自身に似合うものを求めて、診断を受けたとしても、その診断はあらゆるデータから創り上げられたものであり、個々の環境、感情、経験が加算されておらず、疑問に思うことが多々ありました。
MFJで学びながら「似合う」という事の本質の部分に触れ、自分自身が納得し理解できることが喜びとなり、前に進む事ができます。それは、ファッションの歴史、過程、デザイナー、ブランドだけではなく、自分自身のマインド、ボディにも関わり、自分自身を見つめ直すことから始まる事に気付かされました。
③学院長政近とは
本気で教えてくださるから、こちらも本気で学ぶ事ができる人。
毎回講義のパワポの数、学びの多さに驚かされましたが、それは、学院長が日頃から伝えてくださる「準備は愛」でした。
限られた時間の中での講義はとても深く毎回心が揺さぶられ、こんな年齢になっても集中して聞ける私に気づかせてくれます。講義後の自分自身の意識、思考の変化に今まで費やしてきた時間の使い方を改めて見つめ直す事ができました。
④授業内容 ささった言葉や哲学 自分との関係
これらの要素を含んでいれば構成は自由。
*日々丁寧に生きる
行動、思考、準備など、日々出来ていないことは、イザの時に出来ない。
◆「衣識革命について」
①MFJに入学前、入学後、ファッションの意識はどう変わったか
②それによって自身のマインド・生き方にどう変化をもたらしたか
③自覚し問うの繰り返しから気がついたこと、またそれをどう表現しているか 習慣化したか
④学びを生かし、商標5つを自分の職業や生き方と結びつけ、新たなアプローチをしていく/未来的目標【これからそうしていく、そうなれたらいい、というイメージ】
入学前は、自分が好きな物、着たいと思う物、普段着とよそ行きは別な物として衣服を選んでいました。また、母の影響もあり、普段着は、洗濯がしやすく傷みにくいもの、また、価格は控えめに、よそ行きは素材、デザイン、縫製などを見て選んでいました。
年齢を重ねていくと出かける場によってその場に相応しい服か?どうか?を気にかけるようになり、イザ着ていく服がない事、体型により私が服を選ぶのではなく、服が私を選ぶ経験もしました。
入学後、ひとつひとつの服を大切に扱っているのか?本当に必要な服があるのか?何故その服を購入したのか?服に対しての想い、意識が変わり、安易に服を購入する事ができなくなり、手入れの仕方も変わりました。
そして、体型についても、自分自身の生活の在り方、日々の行動がその身体を作っている事の現実を知り、日常生活も少しずつ変化がありました。
例えば時間の使い方、日々の食生活、睡眠時間、運動、自己管理など。
ただ、日々意識していても弱い自分自身と向き合うこともあり、完璧な行動が取れず、自己嫌悪に落ち込む日もありました。
学びを続けていく中、共に学ぶメンバーの姿、意識、変化を見る事により、気持ちの切り替えができた事、その小さな積み重ねから少しずつ、今日の1ミリとして、意識を持つようになり、日々自分自身に問いかけをし、客観視をする習慣に繋がってきているようにも思います。
③学院長政近とは
「本気で学ぶ事ができる人」
毎回講義のパワポの数、学びの多さに驚かされましたが、それは、学院長が日頃から伝えてくださる「準備は愛」でした。
限られた時間の中での講義はとても深く毎回心が揺さぶられ、こんな年齢になっても集中して聞ける私に気づかせてくれます。講義後の自分自身の意識、思考の変化に今まで費やしてきた時間の使い方を改めて見つめ直す事ができました。
「本物を伝えてくれる人」
表面的ではなく、その奥の深さまで伝えてくださる。
学びの過程において、疑問を持つ事も多々あります。その時にこの事に対してどう応えてくださるか?されないか?
そこに信頼が生まれ、更に深く学ぶ事ができます。
【私の衣識革命】
④学びを生かし、商標5つを自分の職業や生き方と結びつけ、新たなアプローチをしていく/未来的目標【これからそうしていく、そうなれたらいい、というイメージ】
ファッションの学びの中で得た事は、表面的な「装い」に特化することではなく、「装い」からマインドが変わり、マインドが変わるからこそ、「装い」に魂が宿り、自分自身と向き合う時間を持つ事ができます。自分自身に向き合う事は、客観視でもあり、自問自答の機会を得、更なる成長へと繋がります。
また、何故それを着るのか?と問うことで、衣服への愛が宿り、購入する時も手入れをする事にも変化が起きます。その小さな日々の積み重ねが、「似合う」の本質に近づくようにも思い、日々の「在り方」「丁寧に生きる」事の大切さを学ぶ事ができます。
自分自身を客観視する事により、周りの方々への興味、関心、視野が広がり、それは、また、新たな発見を得、自分自身の成長も促してくれます。
「相手を知る前に、自分を知る」それができていなければ、前にも進めません。
それは、私にとっても同じ、ひとつの作品を作る過程においても、何故それを作るのか?その先に見えるものは?誰に届けたいのか?日々自問自答しながら、目の前にいるお客様にとってどれだけ「準備は愛」を届ける事ができるのかも問われます。
政近登壇アシスタント
いつも私の体のことも気遣ってくださる優しい心の持ち主。